「網膜色素変性症」Retinitis Pigmentosa

このブログを書く事になったのは


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私が2014年の7月に視覚障害者の宣告を受けたのが全てのきっかけだ

「網膜色素編症」

もうまくしきそへんせいしょう

 

今までの人生で1度も聞いたことが無い病名。

 

難病指定の病気で原因不明の治療方のない失明する可能性のある眼の病である

 

私は日本で高校卒業後カナダの東部にある ケベック州モントリオールで ARTの勉強するためにコンコーディア大学進学して以来 30代半ば迄ずっーとこの土地に住んでいた。

 

日本に帰国するきっかけは急に訪れた

 

今でも良く覚えている4年振りのオリンピック並みの日本一時帰国で2013年に新しいメガネとコンタクトレンズを新調してもらうために眼科を訪れた時の事だった。

 

フッと
眼科の待合室の壁にあるポスターが目に止まる。

 

●最近よく転ぶ?

●最近よく物にぶつかる?

●最近物が見えづらくなった?

●光の眩しさに敏感になった?

 

などなど、、、緑内障や白内障の症状を警告!するポスターだった。

 

「う〜ん、そう言えば、、、、思い当たるなぁ〜?」

 

と悠長なレベルの私

自分の診察の順番が回ってきて、普通に視力検査をしてカナダでは高額なメガネやコンタクトレンズを買うために処方箋を医者に書いてもらい

ついでに

待合室で見かけたポスターの様な症状がある気がする話をした、、、。

 

実はカナダでも前々から転んだり日光の眩しさを苦痛と感じ、サングラスを良く使用していて地元沖縄へ戻ってきた時の日光の眩しさは室内にいても厳しい日差しで良くカーテンを閉めていたのを思い起こす

 

早速簡単な検査をした所、「網膜に萎縮」が見られた。

 

年齢も若いし、視力も矯正して物が見える程度だから心配しないでいいと思うが念のため

「精密検査を受ける様に勧められた」が、
何せ数日後にはカナダへ戻る予定だったので、、、

とりあえずカナダの眼科で精密検査を受ける事に決めて日本で検査を受けずにカナダへ戻り仕事が始まった。

 

新しい職場でもやり甲斐のある自分のやりたかった高級フレンチフュージョンレストランでのパテシェのポジションの仕事をして充実を感じていた30代半ばでした。

 

医療費はただのカナダでも緊急では無い患者の精密検査のアポはなかなか取りにくく、日本で精密検査を勧められてから半年が経ったころに職場での夜のディナー担当の自分のミスの多さが目立ち初めている事に気がつき始めた

暗い雰囲気のある店内で生演奏があるオープンキッチンでデザートやチーズを担当する私の持ち場は

 

薄暗く見えづらくて

お皿をカウンターから落としたり

得意なはずの細かい果物包丁さばきが上手くできなかったり、

キッチン内で他の人にぶつかったりと

 

「おっちょこちょい?」では済まされないレベルだった。

 

さすがに、これは「おかしい!?変だよね、、、私!?」

 

その頃からネットで目の病に付いて調べ始め、網膜色素変性症の患者の症状と私の症状がそっくりな事に恐怖を覚え始めた。

 

その翌年の2014年には日本で精密検査をして目の大半の視野を失い難病の告知を受け視覚障害者としての生活が始まるとは想像もしなかった。